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Camera 2026.05.02 Read 7 min

LUMIX S9を本気で買おうとして、思いとどまった話

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今日のテーマはLUMIX S9です。

Amazonのカートには、もうLUMIX S9が入っていた。

予約ボタンの位置も確認した。機材ベルトの、どの場所にZfを退かして、空いたスペースにS9を差し込むかまでシミュレーションした。財布の中身も、防湿庫の空きも、頭の中で全部計算が終わっていた。あとは決済を踏むだけ。指は、もうそこまで行っていた。

踏まなかった。根性ではない。Zfが、そこにいたからだ。

僕の防湿庫には、ライカのM11とQ2とX2D、Sony α7、Nikon Zf、Ricoh GR III が並んでいる。カメラ沼の住人としては中堅くらいの装備で、はっきり言って物欲制御は得意なほうではない。新しい軽いやつ、薄いやつ、誰も持っていないやつ。そういうものに弱い。だからこの「踏みとどまった」という事実は、僕にとってちょっとした事件だった。なぜ踏みとどまれたのかを、ここで言葉にしておきたい。

まず、なぜ本気で買おうとしたか。

LUMIX S9は2024年6月に出た、PanasonicのLマウントで最小最軽量のフルサイズだ。ボディはバッテリー込みで486g、本体だけなら403g。フルサイズでこの数字は、ちょっとおかしい。APS-Cと数十グラムしか変わらない。EVF、つまりファインダーを捨てる代わりに、この薄さを手に入れた一台だ。

そこに、2026年6月18日発売予定のPanasonic S 40mm F2が乗る。これが、僕の心を一気に持っていった。40mmという画角は、いま僕がいちばん気持ちいいと感じている距離だ。35mmより少し寄れて、50mmよりは広い。スナップも家族写真も料理も、だいたいこの一本で済む。手が覚えている画角に、史上最小級の薄いボディが組み合わさる。総重量600g前後、価格にして約30万円。最小、最軽量、標準画角、そして30万円。フルサイズ旅行構成の四拍子が、目の前で揃ってしまった。

これは買いだ、と一瞬本気で思った。指がボタンに伸びた理由は、これで全部だ。

で、僕の手元にはNikon Zfがいる。710g。S9との差は280g。コーヒー一杯分くらいの重さだ。EVFがあって、手ブレ補正は8段、メカシャッターも電子シャッターも両方ある。古いフィルムカメラみたいにダイヤルを回して撮る、あの所作が好きで買った。価格は約30万円。つまりS9に40mmを足した構成と、ほぼ同じ予算で、僕はすでにフルサイズを一台持っている。同じ予算でもう一台、280g軽いのを増やすか。それが、あのカートの前で僕が立っていた地点だ。

ここで、僕が自分の物欲を抑えるために使っているフィルターを通した。Zen Gadgetの土台になっている考え方で、誰かに押しつけるためのものじゃない。同じフィルターに通して別の答えが出るなら、それはその人の正解でいい。

まず、モノを大事にするという軸。Zfを、僕はまだ使い込んでいない。40mmを着けて娘の運動会で何度か振り回した程度で、8段の手ブレ補正も、ピクチャーコントロールの作り込みも、まだ手探りのまま放ってある。動いているものを置いて、新しい系統に乗り換える。これを毎回やっていたら、僕の防湿庫はただのカメラの墓場になる。実際、過去に何度かそうなりかけた。一台を2年使い込んだ写真家のほうが、五台を半年ずつ取っ替えた写真家より、最後にいい絵を持っている。沼の中で何度も思い知ったことだ。Zfには、まだ言わせていない言葉が残っている。それを引き出す前にS9を迎えるのは、Zfに対して失礼だと感じた。

次に、必要な範囲という軸。280g軽いのは事実だ。でも、その280gが僕の旅行を変えるかというと、別の話になる。直近の家族旅行を一週間分、思い出してみた。Zfを首から下げて、娘の手を引いて、ホテルから観光地まで歩く。重さがしんどくて一枚撮り逃した、という瞬間は無かった。ストラップで首にかけている限り、Zfの重さは意識から消えている。むしろ構えたときの重心の安定のほうが、シャッターチャンスでは効いている。280gが体験を変えるのは、毎日10km以上歩く登山か、機材が積み重なる海外取材みたいに、重さがミリ単位で疲労に変わっていく現場だ。僕の今の旅は、せいぜい一日5kmから8km、途中でコーヒーを飲む普通の家族旅行だ。そこでは、撮れる枚数も画も、たぶんほとんど変わらない。

それから、タイミングという軸。S 40mm F2は6月18日に出たばかりになる。発売直後のレンズは、スペック表に書かれない部分、開放での周辺の流れ方とか個体差とか、そういうものが分かってくるまでに数か月かかる。僕は昔、新発売の単焦点を予約で買って、三か月後に「あ、これ思ったより気になるな」と気づいたことが二度ある。発売直後の作例は、メーカー公式のもの以外、本当に少ない。実機の評価が出揃うのは、たぶん2026年の9月から10月あたりだ。S9自体も発売から2年が経って、後継機の噂も出てくる頃になる。その情報が揃ってから決めても、同じ30万円でもっと確実な判断ができる。発売初日に手にしなきゃいけない理由が、僕の撮影計画のどこにも無かった。

そして、これがいちばん大きかった。見えないコストの軸だ。ボディとレンズ一本で終わるなら30万円で済む。でも僕みたいな沼の住人がフルサイズを二系統持つと、見えない出費が必ず生えてくる。まず現像が二系統になる。Lightroomでパナソニックの色を覚え直して、Zマウントとは別のレシピを作る。月に数時間、年に数十時間が、これに溶ける。バッテリーもメモリーカードも管理が増えて、旅行前のチェックリストが二倍になる。レンズも、40mm一本で止まる保証なんて無い。広角がほしくなり、望遠がほしくなり、Lマウント沼の入り口は広い。本体価格の1.5倍が最終的な総額になる、というのは僕がライカで何度もやってきたことだ。そして、毎朝どっちを持って出るかで5分悩む。この使い分けの疲れが、じわじわ撮影体験を削っていく。一台に迷いなく手を伸ばせることは、想像以上に大きい。30万円は見えるコストだ。年に数十時間と、1.5倍の追加レンズと、毎朝5分の判断疲労。これは買う前には見えない。

ここまで通して、僕の環境ではZfのままが正解だった。でも、正直に書いておきたいことがある。

もしZfを持っていなかったら、僕はS9を買っていた。たぶん予約初日に、迷わずカートに入れて、そのまま決済を踏んでいた。Zfがいたから踏みとどまれた。裏返すと、踏みとどまった理由の8割は「すでに持っているから」でしかない。物欲を制御する根性なんかじゃない。先にZfを買った、あのときの自分の判断に、いまの僕が救われているだけだ。

だからS9が悪い、という話には一切ならない。むしろ、これから初めてフルサイズに入る人や、古い一台から完全に乗り換える覚悟がある人にとっては、いまほぼ完成形だと思っている。動画が撮影の3割以上を占める人、登山や海外取材で軽さが決定的に効く人、EVFなしの運用にGR IIIやライカで慣れている人。そういう人なら、600g前後で30万円のフルサイズ旅行構成は、いま他に見当たらない選択肢だ。買うなとは言わない。むしろ羨ましい。憧れは、まだ続いている。

待つのが合う人もいる。40mm F2の実機評価を秋まで見たい人、S9の後継機の噂が気になる人、いまあるボディからの買い替えで迷っている人。3か月から6か月、長期レビューが出揃うのを待っても、何も損はしない。

そして、僕みたいに既にフルサイズが回っていて、スチル中心で、旅も一日5kmから8kmの普通の旅程なら、買わないで十分だ。280gの軽量化は事実だが、それが体験を変えるかは別。買い増しの30万円は、レンズ一本か、あるいは旅行そのものに回したほうが、撮れる写真の総枚数は確実に増える。

もうひとつ、別の角度から。もし家族連れで本当に荷物を減らしたいだけなら、フルサイズという枠そのものを外す手もある。1インチセンサーのLUMIX TX3-Kなら、600gの構成からさらに半分以下まで削れる。ポケットに入って、すぐ起動して、ズームも効く。家族の記録で効くのは「画質の最大値」ではなく「シャッターを切れる回数」だ。フルサイズへの執着は、僕を含む沼の住人の癖でしかなくて、家族連れの優先順位とは、本当は別の軸の話だったりする。そこを切り分けると、判断はずっと速くなる。

防湿庫を閉める。Zfが、まだそこにいる。

このカメラには、僕がまだ撮らせていない絵が残っている。8段の手ブレ補正で夜の街を手持ちで撮るのも、ダイヤルだけで露出を決める所作を体に入れるのも、まだやれていない。それを撮り切る前に新しい一台を迎えるのは、順番が違う。指がボタンに伸びたあの夜、僕を止めたのは哲学でも根性でもなく、単に、相棒がまだ言葉を言い終えていなかった、というそれだけのことだった。

S9は、また今度だ。Zfと、もう少し話してからにする。

LUMIX S9をカメラのキタムラで見る

※価格・スペックは2026年5月時点のPanasonic、Nikon各社公式情報に基づく。S 40mm F2の最終仕様と実売価格は発売後の公式情報を確認のこと。