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Camera 2026.04.10 Read 6 min

自慢できる友達がいないなら、買うな。Hasselblad X2D II 100C

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今日のテーマはHasselblad X2D II 100Cです。

僕はLeica M11を売った。そのお金で、Hasselblad X2D 100Cを買った。初代のほうだ。

今これを書きながら、あのときの自分の肩を掴んで止めたい気持ちでいる。人生でいちばん高い授業料だった、と本気で思っている。

最初に言っておくと、Hasselbladが悪いカメラなわけではない。むしろその逆だ。本当にすごいカメラだ。だから話がややこしい。すごいのに、僕は後悔している。そのねじれたところに、たぶんこの記事の値打ちがある。

X2D II 100Cは最新モデルだけど、基本設計は僕が買った初代と大きくは変わっていない。だから僕がこの2年で味わったことは、これから「買おうかな」と財布を出しかけているあなたの未来でもある。その前提で、少しだけ僕の失敗に付き合ってほしい。

僕はM11が好きだった。マニュアルフォーカスで、6000万画素のフルサイズで、レンジファインダー。AFはない。ピントは自分で合わせる。便利かと言われると、まったく便利ではない。それなのに、撮る行為そのものが楽しかった。ピントリングを回している時間が好きだった。あれは唯一無二のカメラだ。今でもそう思う。

そこにX2D 100Cが現れた。1億画素。中判のセンサー。43.8×32.9mmという、フルサイズの1.7倍くらいの受光面。AFも付いている。ハッセルブラッドの色。スペック表を眺めているだけで酔った。数字と固有名詞だけで、もう所有した気になっていた。

「これがあればM11は要らない」と思った。両方持てる経済力はない。だからM11を手放した。あの、ピントリングを回す時間ごと売った。そして1億画素を手に入れた。

すごさのほうは、認める。隠さず書く。1億画素というのは、1/4にトリミングしてもまだ2500万画素残るということだ。中判センサーが拾う肌の階調や空の青は、確かに特別なものがある。削り出しアルミのボディは、手に取ると家宝みたいな質感がする。7段分の手ぶれ補正、1TBの内蔵SSD、初代から大きく進化したAF。並べれば誰でも欲しくなる。僕も欲しくなった一人だ。

問題は、その数字と所有欲の外側にある全部だった。

買ってすぐ気づいたのは、RAWファイル1枚が約700MBあるということだ。1億画素で16bitの中判なのだから、物理的にそうなる。文句を言っても容量は減らない。1回の撮影で100枚撮れば70GB。1日撮り歩いただけで、内蔵の1TBが見えてくる。M11のRAWはだいたい80MBだったから、ざっと9倍だ。この9倍が、毎日の生活に効いてくる。

Macに取り込むのに時間がかかる。現像ソフトはタブを切り替えるだけで数秒待たされる。書き出しは1枚10秒以上。バックアップを外付けに流すのにまた時間。元データをどこに置くか毎晩悩む。気づけば、写真を撮っている時間より、データを世話している時間のほうが長くなっていた。僕は写真が撮りたかった。データの整理係になりたかったわけではない。

そしてもっと残酷なことに気づいた。Instagramに上げる写真に、1億画素は要らない。家族に見せる写真にも要らない。スマホの画面で見れば縮小されるし、SNSにアップすれば圧縮で潰れるし、LINEで送れば低解像度になる。四つ切りくらいのプリントなら、正直どのカメラで撮っても見分けはつかない。1億画素が本当に効くのは、家の壁に大伸ばしを飾る人と、仕事でその解像度を売る人だ。それ以外の人間にとって1億画素は、時間とストレージと電力を静かに食い続ける、見えないコストの塊でしかなかった。

レンズの話もしておく。HasselbladのXマウントは、SonyやCanonやNikonと比べると選べる本数が圧倒的に少ない。しかも人気のレンズは品薄で、欲しいときに普通に買えない。僕は待ちきれず、古いシリーズのレンズを妥協して買った。性能は悪くない。でも最新の光学設計と並べると、はっきり差がわかる。つまり1億画素のセンサーに、レンズのほうが追いついていない。高解像度を活かすために最高のレンズを、と思って踏み込んだのに、出てきた現実は「品薄だから古いレンズで我慢」だった。本末転倒もいいところだ。

ここまで来て、僕はようやく本当のことを認めた。M11を売るべきではなかった。

軽さで言えばM11が約640g、X2D IIが約895g。毎日持ち出していたM11に対して、X2Dは月に1回持ち出せばいいほうになった。ファイルは9倍重い。値段は発売時で約128万円。重くて、データが膨れて、レンズが揃わなくて、結果として持ち出さなくなる。スペック表の勝者が、生活の中では完全に負けていた。MFの不便さも込みで、M11のほうが僕には現実的だったのだ。

仮にどうしてもAFが欲しかったとしても、答えはX2Dではなかった。M11は手元に残したまま、Sony α7R Vを買い増せばよかった。6100万画素でAFは最強クラス、それでいて約50万円だ。趣味のM11と、実用のα7R V。役割を二つに分ければよかったものを、僕は1台に両方を背負わせようとして、両方を失いかけた。これが失敗の正体だった。

それでも一つだけ、X2Dが確かに与えてくれるものがある。持っているという優越感だ。僕はそれを否定しない。あの質感のボディを所有している実感は、確かに気持ちがいい。ただし、正直に書くと、それも最初の1回だけだった。

X2Dで撮った写真と、Nikon ZfやSony α7Rで撮った写真を、SNSに並べて見分けられる人はほとんどいない。だから自慢になるのは、写真ではなくカメラそのものを直接見せたときだけだ。となると話は単純で、それを「いいね」と頷いてくれるカメラ好きの友達が、まわりに何人いるか、にすべてが懸かってくる。談義できる相手が10人くらいいて、ハッセルを持っている人同士で「わかる」と笑い合える環境にいるなら、所有する喜びは本物だ。でも、その喜びだって2回目からは反応が薄くなる。同じ友達に何度も見せれば、向こうも「知ってる」という顔をする。

そしてカメラ本体のほうは、EV車みたいに値が落ちていく。1年で購入価格の8割、2年で6割、3年で5割、5年もすれば3割から4割だ。高級カメラ全般がそうなのに、Hasselbladはそもそも中古で買う人が少ないから、落ち方がさらにきつい。1回や2回の自慢のために、100万円単位の目減りを黙って飲み込めるか。これは思っているより重い問いだ。

そういうわけで、僕が2年かけてたどり着いた線引きはこうなる。カメラに使えるお金が本体とレンズ込みで150万円以上あって、自慢を共有できるカメラ好きの友達が10人以上いて、大伸ばしのプリントを日常的にしていて、700MBのRAWを平然と捌けるストレージとマシンを持っていて、データの世話に1日1時間とられても苦にならなくて、リセールが半分になっても眉一つ動かない余裕があって、そして何より、数字の優劣ではなく所有そのものに価値を見出せる人。ここまで全部そろっている人なら、X2D II 100Cは買っていい。むしろ買ったほうがいい。

でも、このうちのどれか一つでも欠けるなら、僕は勧めない。1億画素の中判が欲しいなら、Fujifilm GFX100S IIが約90万円で、X2Dより40万円以上安くて、レンズも揃っている。高画素が欲しいだけならα7R Vで十分すぎる。オールラウンダーが欲しければNikon Z8が約60万から80万。撮る行為そのものを取り戻したいなら、僕が手放したM11がまだそこにいる。同じか、それ以上の体験が、半額以下で手に入ってしまうのだ。

身の丈、という言葉を僕はよく使う。モノを大事に長く使うこと、自分の暮らしに見合った道具を選ぶこと。X2Dは、たぶん僕の身の丈ではなかった。すごいカメラであることと、僕の生活に必要なことは、別の話だった。それを150万円近く払ってようやく理解した。

最後に、いちばん効いた見えないコストの話をする。お金や容量やリセールの話をさんざんしてきたけれど、本当に痛かったのは時間だ。X2Dを棚から出して、眺めて、撫でて、優越感に浸る。その30分があれば、子供を連れて近所に写真を撮りに行ける。M11のあのピントリングを、子供の隣で回せた時間だ。僕はそれを、データの整理に使っていた。

Hasselblad X2D II 100Cをカメラのキタムラで見る

本記事は僕自身のHasselblad X2D 100Cの購入・使用経験と、2026年4月時点の公開情報に基づく。