水月雨 Moondrop Old Fashioned。粗を全部並べても、まだ欲しいか
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今日のテーマは水月雨 Moondrop Old Fashionedです。
Amazonのウィッシュリストに、ずっと入れっぱなしの1本がある。茶色のイヤーパッド、プラスチックの筐体に薄い金属のヘッドバンド、どこか昭和の喫茶店に置いてあったような佇まい。スクロールするたびに目に留まって、でもカートには入らない。そういう状態がもう何ヶ月も続いている。
水月雨(MOONDROP)のOld Fashioned。¥4,680から¥5,200くらいの、耳に乗せるタイプのオープンバック有線ヘッドホンだ。2026年2月19日発売。40mmのダイナミックドライバ、32Ω、109dB、重さは約80gと軽い。ケーブルは着脱式で0.78mmの2pin、3.5mm接続。水月雨と言えばイヤホン(IEM)のメーカーという印象が強い人が多いと思うけれど、このOld Fashionedはそこから外したレトロなヘッドホンに振り切った一本で、僕はその外し方がまず気になっている。
ただ、僕には変な癖があって、5千円のガジェットでも「なんとなく好き」というだけでは財布を開けない。5千円なんて飲み会一回ぶんなのに、なぜか「好き」だけでは買えない。代わりに何をするかというと、その製品の粗を全部、自分の前に並べる。並べきってから、それでもまだ欲しいかをもう一度自分に聞く。今日はその作業を、そのまま書いていく。気になっている自分を、一回ちゃんと疑ってみる回だ。
まず、この製品の正体から。これはイヤホンではなくて、耳に乗せるヘッドホンだ。しかも背面が開いているオープンバック。40mmのドライバを、耳を密閉せずにぺたっと乗せる。つまり音は外に漏れるし、外の音も入ってくる。この一点が、これから並べる粗のほとんどの根っこになっている。覚えておいてほしい。構造がそうなっている、という話だ。
ここからは粗を並べる。提灯記事を書く気はないので、欠点だけを先に、容赦なく出す。先に断っておくと、僕自身はまだこの機種を聴いていない。以下は公開されているレビュー(ヲチモノ、Headfonia、Pragmatic Audio、Darko Audio、価格.com、note など)を横断して拾った一次情報だ。だから「僕の試聴印象」ではなく「買うかどうかを決めるための材料整理」として読んでほしい。
いちばん笑ってしまうのは音漏れだ。日本語のレビューも英語のレビューも、ここだけは見事に一致している。「駄々洩れ」「そこらのオープンバックよりも漏れる」。つまり室内専用、できれば夜に一人で聴く前提のヘッドホンだということ。電車もカフェもオフィスも図書館も、全部アウト。隣の人にあなたのプレイリストが筒抜けになる。
低音も出ない。サブベースは60から100Hzより下がロールオフしていく。Headfoniaは「サブベースは概ね100Hz以下でロールオフする、オープンかつオンイヤーで耳を密閉できない物理制約だ」とはっきり書いている。ドラムの沈み込み、EDMの重低音、映画の爆発音。その方向は最初から設計で捨てている。逆に中域、つまりボーカルの帯域は評価が高い。
高域も伸びない。Pragmatic AudioもHeadfoniaも「高域はロールオフしていて、シンバルやピアノの細かい響きが沈む」と指摘している。ただこれは、刺さらないから長時間聴いても疲れない、という美点の裏返しでもある。要するに中域以外は両端が削られた、控えめでおとなしい音、と読むのが正しい。
付属のケーブルも貧弱だ。日本のレビューも海外のHead-Fiも一致している。「細くて頼りない」「交換前提」。販売元のLinsoulが別売りの純正ケーブルをわざわざ用意していること自体が、そのままの傍証になっている。だから5千円で買っても、リケーブルで二千円から五千円が事実上の追加投資になる。合計で七千円から一万円のレンジ。この隠れコストは最初に見積もっておかないと、後でじわっと効いてくる。
作りも安い。プラスチックの筐体とフォームのパッドは経年で劣化する。複数のレビューに「チャチ」「安っぽい」という生のコメントがある。5千円のヘッドホンに堅牢さを求めるのは筋が違うとは思うけれど、茶色のスポンジのイヤーパッドは数年でボロボロになる素材だ。三年から五年で交換、と思っておくのが現実的だろう。
装着感も人を選ぶ。「乗せてるだけの感覚」という日本語レビューがある。軽量で側圧も弱め、という評価が多数派だけれど、Amazonのレビューには側圧が気になるという声もある。眼鏡をかけている人、頭の形。このあたりは個人差が大きいので、試聴できるなら絶対にした方がいい。e☆イヤホンの各店に実機が置かれているらしい。
最後は粗というより外からの目線の話だ。海外の辛口媒体Darko Audioが、この製品の記事タイトルに「review not necessary(レビューは不要)」と書いた。悪口ではない。「5千円のヘッドホンを真剣にレビューする必要があるのか」という、ちょっとメタな問いかけだ。裏を返せば、これはオーディオとして一段高い評価軸の俎上に載せる製品ではなく、割り切りで使う道具として扱われている、ということでもある。
粗は山ほどある。並べてみると、改めてけっこうな量だ。
しかも値段が近い競合を見ると、もっと冷める。FiiOのEH11は同じくらいの値段でBluetooth、LDAC、アプリでEQまでいじれる。Koss Porta Proは40年続く定番で、低音の量感では話にならないくらい上をいく。Koss KSC75にいたっては予算が半分で、情報量はOld Fashioned以上だと言われている。音質でも機能でもコスパでも、Old Fashionedはどの軸を取っても一番にはならない。正直、データだけ並べたら「買うな」と書いて終わる製品だ。
それでも、ウィッシュリストから消せない。なぜなんだ、と自分でも思う。だから動機を、嘘をつかずに書く。
まず、単純に見た目がいい。茶色のフォームパッド、プラの筐体、薄い金属のヘッドバンド。水月雨が王道のチューニング自慢から一回外して投げてきた、その外し玉のコンセプトごと面白い。「ガジェットは見た目で気分を引き上げる道具でもある」という価値を、僕は否定しない。デスクに置いてあるだけで少し嬉しい、という効用は確かにある。
それから、リケーブルで遊べる土俵があること。0.78mmの2pinはイヤホンと互換の汎用規格だ。純正ケーブルが貧弱という欠点は、ひっくり返せば「ケーブルを替えれば音がはっきり変わる余地がある」ということでもある。本体とケーブルで合わせて一万円以内。10万円のヘッドホンでやる「正解のない微調整の沼」とは違って、一万円以下の小さな遊び場として手頃だ。
でも、いちばん大事なのはここだ。これは室内のボーカル聴き専用機として、僕の中できれいに完結する。すでに有線も無線も主力のヘッドホンはあるし、ノイズキャンセリングも別の機種が担当している。Old Fashionedが埋めるのは、家の中で何かをしながら、耳を圧迫せずに、ボーカルを近くで聴く、という枠だ。夜にリビングで本を読みながら。朝にコーヒーを淹れながら。家族の声も聞こえる状態で、音楽を薄く流す。この用途なら、サブベースが出なくても、高域が伸びなくても、音漏れが盛大でも、ぜんぶ問題にならない。それどころか、開いているからこそ周りの音が聞こえるのが美点に変わる。
だから僕は、粗の量で判定を変えない。ここが大事なところで、10万円のカメラや5万円のヘッドホンを検討するときの物差しを、そのまま5千円に当ててしまうと、必ず「買うな」に着地する。音質でも作りでも勝てないんだから当然だ。でも5千円には5千円の問い方がある、と僕は思っている。
僕が5千円クラスを決めるときに当てる物差しがある。まず、その5千円で生活の中に新しい一枠が生まれるか。すでにある機材と用途が被るなら見送る。被らない小さな空き枠を埋めるなら候補に残す。次に、追加投資まで込みで一万円以内に収まるか。収まるなら「一万円の遊び道具」として成立するし、超えるならそれはもう別のカテゴリの買い物だ。そして、外したときの損が小さいか。5千円は合わなくてもメルカリで半値は戻る価格帯だ。この気軽さそのものが、5千円クラスの最大の効用だと思っている。
Old Fashionedをこの物差しに当ててみる。家の「ながら聴き」ボーカル専用機という枠は、僕の手持ちと被らない。リケーブル込みでも八千円から一万円でぎりぎり収まるし、純正のまま使い倒すなら5千円で完結する。合わなかったとしても、音漏れで外では使えないと発売前から確定情報で分かっているから、「騙された」と感じる余地が小さい。期待していなかった欠点が後から出てくる、というがっかりがない。
それで、僕の判定はこうなった。買う。ただし条件付きだ。
外では使わない。音漏れは物理仕様だから、家の中だけで使う。これは決めておく。
まずは純正ケーブルのまま使い倒す。stockの状態で不満がはっきりしてから、どの帯域を強化したいかを決めて、それからケーブルを選ぶ。順番を逆にすると、5千円のヘッドホンのはずが一万五千円の沼になる。これは過去に何度かやった失敗だ。
低音で気持ちよくなる期待は持たない。ボーカル、アコースティック、ジャズ寄りの音源に用途を固定する。EDMやヒップホップはこれ以外で聴けばいい。
そして可能なら店頭で装着感を確かめる。オンイヤーは本当に人を選ぶので、通販だけで即決しない。
この四つを守れるなら、5千円のレトロなオープンバックは、僕の「ボーカル・ながら聴き枠」を埋める買い物として成立する。逆に、もしあなたがこれを外で使いたいとか、低音でズンと来てほしいと思っているなら、僕は止める。それは構造的にこの製品が応えられない部分だから、別の機種を見た方がいい。
道具は、得意なことをさせている間だけ気持ちがいい。苦手なことを無理に押し付けると、安かったはずの一本が「失敗した買い物」の記憶になって、引き出しの奥で埃をかぶる。Old Fashionedの音漏れも、出ないサブベースも、貧弱なケーブルも、最初から分かっている。分かった上で、家の中の静かな一枠にだけ置く。それなら、たぶんこの茶色のヘッドホンは、長く使える。
僕は今夜あたり、ウィッシュリストから一回出して、カートに入れてみようと思う。あなたの家にも、音漏れを気にしなくていい静かな夜の時間があるなら、同じ判定軸で一度測ってみてほしい。
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(2026年6月時点。価格・仕様はメーカー公式・各レビューの公開情報に基づく。)